​祈り雲が大切にする三つのこと~その弐~

​日本のかたち


社に行くと、いたるところに雲の彫刻を見つけることができます。様々な形で表現される雲の彫刻は、古来から神社仏閣になくてはならないモチーフでした。そんな神社やお寺に、日本人は幼い時から初詣や七五三、また遠足や旅行で訪れます。興味もなく意識せずとも、そこにある文化的なものを見たり雰囲気を経験して大きくなっていきます。そのような共通の文化的背景をもとに培われていく美意識に極端な違いは生まれにくく、雲の装飾一つとっても、日本人にとってのいい雲の形、悪い雲の形というのは大体共通するものがあると思います。それを捉え、かたちに反映させるのが職人のデザイン、と言っていいのかも知れません。

​かたちに宿る自然観

 

対に、共通の文化的背景を取り去った場合、人の好みや美意識は多種多様になります。その多様な趣向に向けて常に新しいものを提供するのが、私たちが日常で目にする商業デザインと言われるものです。ところで、神社の彫刻によく見られる雲や川の流れ、海の波は、ほとんどが複数の線によって表現されますが、それらの線の流れにどこか生き物のような生命感を感じたことはないでしょうか? それは、古来の人々には、それらが命あるものとして捉えられていたからと考えます。 八百万(やおよろず)の神という言葉があるように、古来の人々は、自然界にある様々なものに神が宿るとし、それらに敬いの気持ちを持って生活していたと言われています。

​むかしも今も

代においても、ときに人に厳しく、又、ときに恵みをもたらしてくれる自然を、畏敬の念とともに眺めれば、雲の流れや波のしぶきも物理的現象というより、命あるものの一つの表情のように見えてくることがあります。おそらく、自然との調和の中に生きた私たちの祖先は、ごく当たり前に、そのような感覚で自然を見ていたのではないか。そう思えるほど、彫刻として残され形には生命感があります。又、日本語では、日々の挨拶に「いい天気ですね」「肌寒くなってきましたね」と、移ろいゆく天気や季節の変化を織り込みます。このことは、人の生活が常に自然とともにあるという自然観が、今なお、私たちひとりひとりの中に息づいている事を表しているのではないでしょうか。

​かたちと安らぎ


り雲のコンセプトと造形が、それらの自然観をベースとし、生き物のようなうねりや躍動感を意識しているのは、手を合わせ感謝する場所は、日々の生活空間において、人の心が帰る場所でもあると思うからです。私たちの心に昔からあるものを大切にした素朴なかたち。それが祈りの場に安らぎをもたらすものと考えました。

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祈り雲が大切にする三つのこと

~その壱~​

祈り雲が大切にする三つのこと

~その参~​

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